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武蔵野赤十字病院 新一番館完成と地域医療のこれから
藪原太郎
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2025年11月9日
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武蔵野赤十字病院 新一番館完成記念式典に出席して 11月9日、武蔵野赤十字病院新一番館の完成記念式典に出席した。当日は朝から冷たい雨。玄関前には紅白幕が張られ、関係者や医療従事者が次々と到着していた。式典は院内ホールで行われ、黒崎院長、日本赤十字社の清家社長をはじめ、多くの来賓が登壇した。13年にわたる計画の歩みと、関係者への謝意が静かに語られた。 建設計画が始動したのは2012年。社会環境や医療体制が大きく変わる中で、何度も設計の見直しが行われた。設計は伊藤喜三郎建築研究所、施工は大成建設。2022年3月の地鎮祭から約2年半を経て、ついに完成を迎えた。 式辞では、「愛の病院」という創立理念が改めて掲げられた。感染症や災害への対応、そしてすべての病室を個室化するという構想。そこには、単なる建物の更新ではなく、“医療のあり方を更新する”という意志があった。COVID-19で得た経験を、未来の医療体制へとつなぐ。静かながらも、確固とした決意がにじんでいた。 建築の理念と現場の知恵 式典後に行われた建築事業経過報告では、旧本館北側に立つ新一番館の全体像が紹介された。限られた敷地の中で、機能を止めずに建て替えるという難事業だったという。新棟は免震構造を採用し、災害時にも機能を維持する。災害拠点病院としての責務が、建築そのものに組み込まれている。 手術部門や救急処置室、内視鏡・放射線診断部門の配置もすべて再構成された。医師や看護師の動線を徹底的に短縮し、患者搬送を最小限に抑える。「効率化」は冷たさではない。合理的に命を救うための設計思想だ。医療を止めない構造が、建築として形を持った。 また、新棟は未知の感染症にも対応できる設計となっている。病室ごとに空調を独立させ、陰圧・陽圧の切り替えが可能。空調の流れを遮断することで、院内感染を防ぐ。COVID-19の経験が、単なる一過の教訓ではなく、医療構造のアップデートとして反映されていた。 救急と周産期の新体制 救命救急センターは、地域の第二次・第三次救急の受け皿として強化された。年間1万件を超える救急搬送を受け入れる体制を整え、四つの血管造影室を備える。脳梗塞や心筋梗塞などの急性期疾患に、即応できる構成だ。脳卒中・心臓病等総合支援センターとして、日本医科大学や榊原記念病院との連携も視野に入る。これまで都心部の専門病院に頼っていた症例が、地域内で完結する。搬送時間の短縮が救命率を高める。現場の実感として、その意義は大きい。 周産期センターもまた大きく変わった。産科病棟と新生児集中治療室(NICU)を同一フロアに配置。医師と助産師が即座に連携できる構造になっている。高齢出産の増加やハイリスク分娩に対応するため、帝王切開への切り替え動線も短く設計された。命を迎える場所であり、同時に救う現場でもある――その二つの役割を、建築と人が支えている。 見学したフロアはどこも静かだった。機械の音も、人の声もまだない。稼働前の緊張感の中に、確かな準備の気配があった。今日の静けさが、やがて日常の喧騒へと変わる。そのときを思うと、空気が少しだけ張り詰めた。 市の判断と公共投資の意義 この新一番館の建設には、武蔵野市からも7億8千万円の支出がある。もちろん議会の議決を経た正式な予算措置だ。当時は「今やるべきか」「コロナが落ち着いてからでもいいのでは」という声もあった。財政の見通しが不透明で、市民の理解を得るのも容易ではなかった。それでも事業は進んだ。 やるべきことはやる――その決断を下したのは当時の市長、松下玲子。短期的な批判を恐れず、長期的な医療体制を見据えた。結果としてその判断が、いま確実に地域の医療基盤として形を持った。政治の役割とは、こうした“見えない時期に踏み出す力”だと思う。 地域医療のこれから 武蔵野赤十字病院は、武蔵野市民のためだけの病院ではない。この地域全体の医療を支える中核として、周辺からも多くの患者が訪れる。救急医療、周産期医療、災害医療――どれも市単独では担えない領域だ。その拠点が日常の延長線上にあること。それだけで、このまちの暮らしは静かに支えられている。 ただ、地域全体を見れば課題も残る。三次救急を担う赤十字病院に対し、二次救急を担う体制は十分ではない。小児科や産科といった次世代を支える分野でも、受け皿の整備が追いついていない。ハイレベルな医療を磨くだけではなく、日常の延長線にある医療――“ふだんの医療”の層を厚くしていくことが、次の課題になる。 武蔵野赤十字病院の新一番館は、その出発点のひとつだ。地域の安心を支える拠点が、いま静かに姿を現した。この建物をどう生かすか。それは、これからの行政と地域の力にかかっている。 関連リンク武蔵野赤十字病院令和3年度 武蔵野市予算の概要
吉祥寺南病院の今後 事業継承と新体制へ向けた地域医療再編の動き
藪原太郎
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2025年10月26日
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吉祥寺南病院の今後と地域医療の再編 吉祥寺地域の医療体制が転換期を迎えている。地域の中核として長年機能してきた吉祥寺南病院が、新たな医療法人のもとで再出発することになり、行政と医療関係者の間で調整が進んでいる。今回の動きは単なる経営の引き継ぎではなく、武蔵野市全体の医療提供体制に関わる重要な再編の一歩だ。 目次 吉祥寺南病院の事業継承 病床数の不足と地域の課題 新病院開設までの流れ 市の姿勢と地域医療への影響 吉祥寺南病院の事業継承 吉祥寺南病院(125床)は、令和7年(2025年)中に新たな医療法人へ事業を継承することが決定している。東京都では8月に医療審議会が開かれ認可が下り、続いて埼玉県も9月に審議を終えて認可済みとなった。公告期間を経て、12月中には正式な分割効力が発生する見込みだ。この手続きを経て、吉祥寺南病院は法的にも新法人体制に移行し、再構築が始まる。これにより、病院の経営基盤や運営方針が新たな枠組みのもとで整理され、今後の建て替えや医療機能強化につながることが期待されている。 医療法人の分割や事業承継は、医療法に基づく厳格な手続きを伴う。認可を得るまでには、診療体制・財務・雇用など多方面の審査が必要だ。今回の南病院のケースは、こうした条件をすべてクリアして正式な承認を受けた段階にある。 病床数の不足と地域の課題 武蔵野市は、三鷹・府中・調布などと共に「北多摩南部保健医療圏」に属している。この圏域全体の病床数は、東京都の医療計画で細かく管理されている。令和7年4月1日時点での基準病床数は7,512床だが、既存病床数は6,860床。実に652床が不足している計算になる。これは近年続く人口増加と高齢化に加え、救急・リハビリなど中間ケアの需要が高まっていることが背景にある。特に武蔵野・三鷹エリアでは在宅医療と病院医療のバランスが課題とされ、慢性的な病床不足が続いてきた。 このため、南病院の再整備は単なる建て替えではなく、医療圏全体の病床再配分にも影響する。新病院の開設にあたっては、東京都の病床配分許可が必要であり、令和8年度以降にどのような形で許可が下りるかが次の焦点となる。現時点での市の説明によれば、まだ最終的な配分方針は示されていないが、医療需要の現実を踏まえれば、増床方向での調整が検討される可能性が高い。 新病院開設までの流れ 市が議会に配布したスケジュール資料によると、吉祥寺南病院の新体制整備は令和9年度(2027年度)の開院を目指している。令和8年度中に建設工事が始まり、現病院からの機能移転を3年程度かけて進める計画だ。建設地は現在地周辺を想定しており、外来診療やリハビリ機能を維持しながら段階的に移行する形となる。建設期間中、一時的に診療機能を縮小する可能性もあるが、市は近隣医療機関と連携し、地域の医療空白をできる限り防ぐ方針を示している。 また、老朽化した現施設をどう活用するかも今後の課題になる。仮診療所や地域医療連携の拠点として一時的に活用する案も議論されており、医師会や行政の協議が続いている。 市の姿勢と地域医療への影響 武蔵野市健康福祉部は「行政だけでなく、市議会・医師会・地域住民が一体となることが重要」としている。今後の方針や進捗は、議会を通じて定期的に報告される予定であり、市としても情報公開に力を入れていく姿勢を示している。市民にとっても、自分が通う病院や診療所にどのような影響があるのかを正確に把握することが求められる。とくに高齢者や慢性疾患を抱える人々にとって、病院の機能移転は通院手段や受診環境に直結する問題だ。 南病院の再編は、単なる建物の話ではない。救急対応やリハビリ、地域包括ケアなど、吉祥寺地区の医療の根幹を支える機能をどう維持するかという課題が問われている。市としても、医療機関の再編を「医療提供体制の強化」として位置づけ、医師会・介護施設・訪問看護ステーションなどと協議を続けていく方針だ。 吉祥寺南病院の事業継承は、地域医療の再編に向けた最初のステップとなる。新病院の開設に向けて、行政、医療機関、市民が情報を共有しながら、安心して暮らせる医療環境を守っていくことが求められている。 関連リンク吉祥寺地域医療カテゴリ:武蔵野市
【吉祥寺南病院】事業継承が決定!急性期・回復期医療の新たな体制とは?
藪原太郎
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2025年3月6日
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概要 本日、武蔵野市役所で記者会見が行われ、吉祥寺南病院の経営法人である医療法人啓仁会より、吉祥寺南病院事業の継承先が「社会医療法人社団 東京巨樹の会」に決定したとの報告があった。 今後は病院開設に向けて、事業継承に関する許可手続きが東京都等と進められる予定であり、市としても新たな病院開設に向け、できる限りの支援を継続する方針を示した。 急性期・回復期医療の両立で地域医療を強化 吉祥寺南病院は老朽化のため2024年10月に診療を休止したが、新たな病院では急性期医療と回復期リハビリテーションの両方を提供する体制を整えることを目指す。 事業継承先である東京巨樹の会は、急性期医療と回復期リハビリテーションの両方に力を入れている医療法人であり、全国で複数の病院を運営している。特に、高度な医療を提供する急性期病院の運営と、手術後や病状が安定した患者の回復を支える回復期リハビリテーション病院の運営の両立に実績を持つ。今回の事業継承では、吉祥寺南病院でもその強みを生かし、地域の医療ニーズに対応する体制を構築する予定とのことだ。 これまで、吉祥寺南病院は急性期病院として運営されていたが、長期入院のケースが多く、経営にも影響を与えていたとの話を聞いたこともある。急性期医療は、主に手術や集中治療を必要とする患者を受け入れる機能を持つが、その後の回復期リハビリテーションが不足すると、患者の転院先が見つからず、入院が長期化する問題が発生する。急性期病床は一定の入院期間内で適切に運用されることが前提であり、長期入院が増えると病院の経営を圧迫する要因となる。 今回、回復期病院の機能を併設することで、急性期治療後のスムーズな転院が可能となり、病院の機能がより効率的に発揮されることが期待される。急性期の患者を早期に回復期へ移行させることで、病床の回転率を高め、地域の医療需要に柔軟に対応することが可能となる。これは、患者にとっても地域医療にとっても大きなメリットとなる。 診療報酬の影響と経営の課題 日本の医療制度では、病院の収益は診療報酬に大きく依存している。診療報酬は「出来高払い」と「包括払い」の2つの方式があり、特に急性期病院では「DPC(診断群分類包括評価)」による包括払いが主流となる。 急性期病院では、短期間で集中的な治療を行い、早期に患者を転院させることで収益を確保する仕組みになっている。しかし、吉祥寺南病院のように長期入院が増えると、病床回転率が下がり、収益が減少するという課題が生じる。病院の経営を安定させるためには、患者が適切なタイミングで次の医療機関へ移ることが重要になる。 一方、回復期病院はリハビリテーションを中心とした診療報酬体系が設定されており、患者が一定期間入院しながら集中的にリハビリを行うことで安定した収益を確保できる。今回の事業継承では、急性期と回復期の両方を持つことで、診療報酬のバランスを取りながら経営の安定化を図る狙いがある。急性期病床の適正な運用と、回復期へのスムーズな移行を組み合わせることで、効率的な病院運営が可能となる。 東京巨樹の会のように、急性期と回復期の両方の医療に強みを持つ法人が運営することで、単独の急性期病院よりも診療報酬の制度を活かしやすく、安定した経営基盤を確立しやすい。特に、回復期リハビリテーション病院は一定の診療報酬が保証されるため、病床の稼働率が安定しやすく、急性期病院の収益減少リスクを補う役割も果たす。 今後の展望 今後、東京都の許可手続きを経て、新病院の開設準備が進められる。急性期病院と回復期病院の機能を併せ持つことで、患者の早期回復と病院経営の安定が期待されるため、市としても支援を継続する方針である。さらに、地域の医療ニーズを反映させながら、病院の運営方針を柔軟に調整することが求められる。 今回の事業継承は、地域医療の持続可能性を高める重要な転換点となる。急性期治療から回復期リハビリテーションまでを一貫して提供することで、患者の負担軽減と治療の質向上が期待できる。吉祥寺南病院の新たな展開が、より多くの患者にとって安心できる医療環境の提供につながることを期待したい。
慢性腎臓病(CKD)とアルブミン尿検査|武蔵野市で早期発見を
藪原太郎
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2026年9月19日
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昨日、たまたま知り合いから、慢性腎臓病、いわゆるCKDについて話を聞く機会があった。 その際に紹介されたのが、一般社団法人日本パブリックアフェアーズ協会が公表した「『沈黙の国民病』CKD(慢性腎臓病)の潜在的リスクを可視化し、都内の『対策格差』を解消する緊急提言」である。 慢性腎臓病と聞いても、すぐには自分に関係のある病気だと思わない人が多いかもしれない。私も、腎臓病といえば、健康診断で尿蛋白を指摘された人や、すでに腎機能が低下している人の問題という印象を持っていた。 しかし、この提言を読むと、そう単純な話ではないことが分かる。 慢性腎臓病は、成人の5人に1人、全国で約2,000万人が該当すると推計されている。かなり身近な病気である。しかも、初期にはほとんど自覚症状がなく、本人が気付かないまま腎機能が低下し、症状が表れたときにはかなり進行していることもある。 そのため、慢性腎臓病は「沈黙の病気」と呼ばれている。 腎臓は悪くなっても気付きにくい 腎臓には、血液をろ過して老廃物や余分な水分、塩分を尿として排出する役割がある。血圧の調整や、赤血球をつくるためのホルモンの分泌などにも関わっている。 しかし、糖尿病や高血圧などによって腎臓に負担がかかり続けると、血液をろ過する部分が少しずつ傷んでいく。腎臓の機能が低下しても、早い段階では痛みが出るわけではなく、日常生活に支障が出るような症状もほとんどない。 むくみやだるさ、貧血、食欲不振などが表れる頃には、病気が相当進行している場合もある。さらに、一度失われた腎機能を元に戻すことは難しい。 だからこそ、症状が出てから治療を始めるのではなく、まだ本人が何も感じていない段階で異常を見つけることが重要になる。 透析は命を守る大切な医療である 慢性腎臓病が進行し、腎臓が十分に働かなくなると、人工的に血液を浄化する透析などの腎代替療法が必要になる。 透析は、腎臓の機能が低下した人の命を守るために不可欠な医療である。透析医療そのものを否定する話ではない。必要になった人が安心して治療を受けられる体制は、当然維持しなければならない。 その上で考えたいのは、早い段階で異常を発見できれば、透析に至る時期を遅らせたり、透析そのものを回避できたりする可能性があるということだ。 血液透析を始めると、多くの場合、週3回、1回4時間から5時間ほど医療機関に通うことになる。仕事を続けることが難しくなる人もいれば、食事や水分の管理が必要となり、旅行や外出がこれまでのようにはできなくなる人もいる。高齢者であれば、通院のために家族の付き添いが必要になることもある。 透析は命を守るために必要な医療である。一方で、透析の開始によって、その人の生活が大きく変わることも事実である。だからこそ、早期に腎臓の異常を発見し、透析に至ることを防ぐ、あるいは導入を少しでも遅らせることに大きな意味がある。 これは単に医療費を減らすという話ではない。その人が仕事を続け、家族と出かけ、これまでの生活をできるだけ長く続けるための取り組みである。 現在の健康診断では見逃される可能性がある 多くの健康診断では、尿蛋白を調べる検査が行われている。試験紙を尿につけ、「マイナス」「プラスマイナス」「プラス」などで判定する一般的な検査である。 もちろん、この検査にも意味がある。しかし、通常の尿蛋白検査では、腎臓の障害がまだ小さい段階で尿中に漏れ始める「微量アルブミン」を十分に捉えられないことがあるという。 健康診断では尿蛋白がマイナスで、本人も異常なしだと思っていた。ところが、より感度の高い検査をすると、腎臓が傷み始めている兆候が見つかる。こうした人が一定数いる可能性がある。 そこで注目されているのが、尿中のアルブミンとクレアチニンの比率を調べる「アルブミン尿検査」である。通常の尿蛋白検査よりも早い段階で、腎障害の兆候を捉えることができる。 アルブミン尿は、腎臓だけの問題を示すものでもない。全身の血管が傷み始めている兆候でもあり、脳卒中や心筋梗塞、心不全などのリスクとも関係しているという。 つまり、アルブミン尿検査によって早期の異常を見つけることは、将来の透析を防ぐだけでなく、ほかの重大な病気を防ぐことにもつながる可能性がある。 発見しても何もできない病気ではなくなった 以前は、慢性腎臓病を早く見つけても、有効な治療の選択肢が限られているという考え方があったようだ。しかし、現在は状況が変わっている。 慢性腎臓病の進行を抑える効果が確認された薬が登場し、早い段階で適切な治療や生活改善を始める意味が大きくなっている。 血圧や血糖値を管理する。塩分を取り過ぎないようにする。喫煙や肥満などのリスクを見直す。必要に応じて、かかりつけ医から腎臓専門医につなぐ。 こうした対応を早く始めることで、腎機能が低下する速度を遅らせられる可能性がある。 ただし、早期発見が重要だといっても、検査を受けた人を不安にさせるだけでは意味がない。検査によってリスクのある人を見つけ、その後の受診や治療、生活改善につなげるところまでを一つの仕組みにする必要がある。 都内で実施しているのは4自治体 今回の提言によると、東京都内で独自にアルブミン尿検査を導入しているのは、港区、豊島区、日野市、八王子市の4自治体にとどまっている。 東京都には62の区市町村がある。住んでいる自治体によって、早期の腎障害を発見できる機会に違いが生じていることになる。 特に参考になるのが、八王子市の取り組みである。 八王子市では、年度末年齢が40歳以上65歳未満で、糖尿病の薬を服用しておらず、HbA1cが6.0%から6.4%、尿蛋白がマイナスからプラスの人などを対象として、アルブミン尿検査を実施している。 すでに糖尿病と診断された人だけではなく、糖尿病になる一歩手前の人も対象にしている。ここが重要である。 国の糖尿病性腎症重症化予防事業は、基本的には糖尿病と診断された人や、すでに一定のリスクが確認された人を中心としている。しかし、その基準に達する前から腎臓への負担が始まっている人もいる。 八王子市は、国の制度では拾いきれない人を、自治体独自の検査によって早めに見つけようとしている。 さらに、検査をするだけではない。検査結果に応じて腎臓専門医へつなぐ「八王子じんまもパス」という病診連携の仕組みも運用している。 どのような結果なら専門医へ紹介するのか、どの医療機関で診てもらえるのか、その後、かかりつけ医と専門医がどのように連携するのか。こうした受診後の流れまで整えている。 検査を追加するだけなら、それほど難しい話には見えない。しかし、異常が見つかった後の受け皿がなければ、検査の効果は十分に発揮されない。八王子市の取り組みは、検査と医療連携を一体として考えている点に意味がある。 武蔵野市でもできないだろうか それでは、武蔵野市ではどうか。 武蔵野市でも、健康診査や糖尿病性腎症の重症化予防など、現在行っている取り組みはある。しかし、今回示されたようなアルブミン尿検査を、一定の条件に該当する人へ追加する仕組みは導入されていない。 港区、豊島区、日野市、八王子市でできているのであれば、武蔵野市でも検討できるはずである。 もちろん、対象となる人全員に一律で検査を追加すればよいと、単純に決められる話ではない。 誰を対象にするのか。糖尿病予備群だけでよいのか。高血圧や肥満、脂質異常症のある人も含めるのか。尿蛋白が「プラスマイナス」と判定された人をどう扱うのか。検査後にどの医療機関へつなぐのか。 武蔵野市医師会や市内の医療機関、腎臓専門医との調整も必要になる。 また、実施するのであれば、単に検査件数を増やすだけでなく、陽性となった人が実際に医療機関を受診したか、その後も治療や生活改善を続けられているかを確認する仕組みも必要である。 先行自治体の事例を調べ、武蔵野市の人口規模や医療資源に合った形を考える必要がある。 1回約1,500円の検査と年間約500万円の透析医療 提言では、自治体がアルブミン尿検査を健診に追加した場合の費用を、1回当たり約1,500円としている。一方、透析に必要となる医療費は、1人当たり年間約500万円以上とされる。 もちろん、1,500円の検査を行えば、直ちに500万円の医療費がなくなるという単純な計算ではない。アルブミン尿が見つかった人の全員が将来透析になるわけでもなく、早期発見をしても、病気の進行を完全に止められない場合もある。 それでも、検査によってリスクの高い人を早く見つけ、治療につなぐことで、数人でも透析への移行を防いだり、開始を10年、15年と遅らせたりすることができれば、検査にかかる費用を上回る効果が期待できる。 ただ、私は医療費削減だけを、この取り組みの中心に置くべきではないと思っている。 最も大きいのは、透析に至らずに済んだ人が、これまでの生活を続けられることである。仕事を辞めずに済むかもしれない。家族に通院の付き添いを頼まずに済むかもしれない。食事や水分、外出の制約を受けずに済む期間を長くできるかもしれない。 まずは人の生活を守る。その結果として医療費や社会的な負担も軽減される。この順番で考えるべきだと思う。 武蔵野市が5番目を目指してもよい 東京都内で実施している自治体が、まだ4自治体しかないのであれば、武蔵野市が5番目を目指してもよい。 新しい事業を始める場合、行政はどうしても慎重になる。 科学的な根拠は十分か。対象者の基準をどうするのか。医師会との合意形成はできるのか。検査後の医療体制を確保できるのか。恒常的な財源をどうするのか。 どれも無視することはできない。一方で、すでに先行している自治体がある。 八王子市や日野市などが、どのような対象者に検査を行い、どの程度の人から異常が見つかり、その後どのように医療機関へつないでいるのか。導入に当たって医師会とどのような調整をしたのか。事業費はいくらで、どの財源を使っているのか。実施後にどのような課題が生じたのか。 まずは、こうした先行事例を詳しく調べることから始められる。 武蔵野市で直ちに全員を対象とすることが難しければ、糖尿病予備群や高血圧など、リスクの高い人に対象を絞って試行する方法もある。一定期間実施し、検査結果や受診率、その後の治療状況を検証しながら、対象の見直しを行うことも考えられる。 最初から完璧な制度をつくろうとして動けなくなるよりも、先行自治体から学び、小さく始めて検証する方が現実的である。 検査から治療までつながる仕組みを 慢性腎臓病は、自覚症状が出るまで待ってはいけない病気である。自覚症状がないからこそ、健康診断の役割が大きい。 そして、早く見つけても何もできない病気ではなくなっている。適切な治療や生活改善によって、腎機能の低下を遅らせられる可能性がある。 それならば、現在の健康診断で見逃される可能性のある人を、もう一段感度の高い検査によって見つけることには意味がある。 大切なのは、検査項目を一つ増やしたという実績をつくることではない。検査でリスクのある人を見つけ、かかりつけ医につなぎ、必要に応じて腎臓専門医に診てもらう。その後も治療や生活改善を続けられているか、状態がどう変化したかを確認する。そこまで含めて一つの政策として考える必要がある。 武蔵野市でもアルブミン尿検査を導入できないか。導入する場合、どのような人を対象とするのか。検査後の医療連携をどのように組み立てるのか。東京都からの財政支援を求める必要はないか。 透析が必要になった人を支えることはもちろん重要である。同時に、一人でも多くの人が透析に至らず、これまでの生活を続けられるようにする。 そのために自治体ができることは、まだあるはずである。 関連リンク日本パブリックアフェアーズ協会 提言書医療に関連する記事
「エロ広告対策」で、どこまで表現を規制するのか
藪原太郎
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2026年7月22日
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国民民主党は15日、議員立法「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律の一部を改正する法律案」(エロ広告規制法案)を参議院に提出した。 青少年インターネット環境整備法改正案の問題点 インターネット上には、性的な内容を含む広告が突然表示されることがある。とりわけ、子どもが意図せず目にする状況について、何らかの対策が必要だという問題意識は理解できる。 しかし、今回示された「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」の改正案には、見過ごせない問題がある。 「エロ広告対策」という、誰も反対しにくい看板を掲げながら、そもそも何を「エロ広告」とするのか定義されていない。さらに、実際の条文は性的な広告だけを対象とするものではなく、抽象的な基準によって、より広い表現を規制する余地を残している。 そもそも「エロ広告」とは何なのか 改正案は、その趣旨説明で「いわゆるエロ広告」への対応を前面に掲げている。 しかし、何をもって「エロ広告」とするのか、その定義は示されていない。 裸や性行為を直接描いた広告だけを指すのか。水着や下着姿も含むのか。身体の一部を強調した表現、恋愛漫画の広告、性的な言葉を連想させるコピーはどうなのか。芸術、医療、性教育に関する表現との境界も明らかではない。 「エロ」は法律用語ではなく、人によって受け止め方が大きく異なる俗称である。ある人が性的だと感じる表現を、別の人は恋愛表現、芸術表現、あるいは単なる身体表現と受け取ることもある。 つまり、この改正案は、対策の看板となっている言葉の範囲すら定めないまま、法的な規制の仕組みを先に作ろうとしている。 しかも、実際の条文では「エロ広告」という言葉を使わず、「青少年有害情報」や、それに「準ずる情報」という、さらに広く抽象的な概念に置き換えている。 「エロ広告を規制する」と説明しているのに、何がエロ広告なのかを定義せず、条文ではエロ広告よりはるかに広い概念を対象にする。これが、この改正案の最も基本的な問題である。 「誰が見ても明らかなエロ広告だけが対象だ」という説明では足りない。法律とは、誰が見ても明らかな事例ではなく、境界線上の表現をどう扱うかを決めるものだからである。 改正案は何をしようとしているのか 改正案は、一定規模以上のデジタルプラットフォームを国が指定し、広告に「青少年有害情報」が含まれる場合、次のような対応を求めるものだ。 青少年の閲覧を防止する措置について、実施要領を作成・公表する 国民からの通報を受け付ける体制を整備する 閲覧防止措置や通報受付の状況を毎年公表する ここまでは、対象や運用が明確であれば、プラットフォームの透明性を高める制度として理解できなくはない。 問題は、その先にある。 改正案は、正式な「青少年有害情報」だけでなく、 青少年有害情報に準ずる程度に青少年の健全な成長を著しく阻害するおそれが大きいと認められる情報 についても、同様の措置を講じる努力義務を課そうとしている。 この一文が、改正案の最も危うい部分である。 「青少年有害情報に準ずる情報」とは何なのか 現行法の「青少年有害情報」は、もともと非常に広い概念である。 法律上は、青少年の健全な成長を著しく阻害する情報を指し、犯罪や自殺を誘発する情報、性的刺激を与える情報、残虐な情報などが例示されている。 それにもかかわらず、今回の改正案は、その「青少年有害情報に準ずる程度」の情報という、もう一段曖昧な領域を設けようとしている。 しかし、「準ずる程度」とは何を意味するのだろうか。 正式な青少年有害情報には該当しないが、それと同じくらい有害な情報なのか。もし同じ程度に「健全な成長を著しく阻害する」のであれば、なぜ最初から青少年有害情報に該当しないのか。その境界は、条文を読んでも分からない。 法律によって表現に不利益を与えるのであれば、何が対象になるのかを、表現者や事業者が事前に予測できなければならない。 ところが、この規定では、最終的な線引きをプラットフォーム側に委ねることになる。 「努力義務だから問題ない」とは言えない この規定は努力義務であり、直ちに広告を禁止したり、削除しなければ処罰したりするものではない。 だからといって、影響が小さいとは限らない。 プラットフォームは、実施要領を公表し、通報を受け付け、対応状況を毎年公表することになる。さらに、その対応を「第三者として評価する民間団体」を、国や地方公共団体が支援する仕組みまで設けられている。 このような制度の下では、事業者は次のように考えるだろう。 「対象かどうか分からない広告は、掲載しないほうが安全だ」「批判や通報を受けるくらいなら、先に削除しておこう」 これは表現の萎縮効果である。 国が直接削除を命令しなくても、曖昧な基準、通報制度、対応状況の公表、外部団体による評価を組み合わせることで、民間事業者に広めの規制を選ばせることができる。 形式上は自主規制でも、その自主規制を法律が強く誘導するのであれば、表現の自由との関係を慎重に検討しなければならない。 通報の多さは「有害性」の証明ではない 国民からの通報を受け付ける仕組みにも注意が必要だ。 通報件数が多いからといって、その表現が本当に青少年へ深刻な害を与えるとは限らない。単に目立つ広告だった、嫌いな表現だった、SNSで批判が拡散した、特定の団体が集中的に通報したという場合もある。 性表現に限らず、ジェンダー、家族観、政治的主張、少数者の表現など、社会的に意見が分かれるテーマは組織的な通報の対象になりやすい。 ところが、改正案では、少なくとも次の点が明確になっていない。 有害性を誰が、どのような基準で判断するのか 広告主や表現者に説明や反論の機会があるのか 掲載拒否や削除に対する異議申立てができるのか 通報件数と、実際に問題が認められた件数を区別して公表するのか 第三者評価を行う団体の中立性をどう確保するのか 通報制度を設けるなら、通報する側だけでなく、規制される側の手続的保障も必要である。 「第三者」の中立性は誰が保証するのか 改正案は、プラットフォームの閲覧防止措置を第三者として評価する民間団体を、国や地方公共団体の支援対象に加えている。 しかし、「第三者」と書くだけで中立性が生まれるわけではない。 特定の価値観に基づいて表現規制を強く求めてきた団体が評価主体となり、その団体を行政が支援する可能性もある。評価基準や利益相反、構成員、資金関係が不透明であれば、行政のお墨付きを得た民間団体が、事実上の表現規制基準を作ることになりかねない。 評価団体の選定基準、資金の透明性、利益相反の排除、異なる立場の専門家の参加などを、制度として担保する必要がある。 何を見せ、何を見せないかは、まず家庭教育の問題である そもそも、子どもに何を見せ、何を見せないかは、第一義的には家庭教育の領域である。 子どもの年齢、発達段階、理解力、家庭の価値観はそれぞれ異なる。同じ表現でも、小学生と高校生では受け止め方が違い、保護者の考え方も一様ではない。 国家が「健全な成長」という抽象的な基準によって、すべての家庭に共通する正解を決めるべきではない。 もちろん、児童ポルノや犯罪を直接誘発する情報など、明確に違法なものへの対処は必要である。しかし、「不快に感じる」「子どもには早い」「教育上好ましくない」といった評価まで、直ちに法規制の根拠にしてはならない。 「自分の子どもには見せたくない」という判断と、「社会からその表現を排除すべきだ」という結論の間には、大きな隔たりがある。 その隔たりを飛び越えて、法規制へ進むべきではない。 必要なのは、見せない規制だけではなく、情報を読み解く力を育てること 子どもを守るために必要なのは、あらゆる好ましくない情報から子どもを遠ざけることだけではない。 情報を読み解き、広告の意図を理解し、危険を判断し、適切に距離を取る力を育てることが重要である。 インターネット上から好ましくない情報を完全になくすことはできない。広告を一つ規制しても、SNS、動画、ゲーム、検索結果など、子どもが情報に触れる経路はいくらでもある。 だからこそ、家庭教育とリテラシー教育が必要になる。 国や自治体が取り組むべきなのは、特定の価値観に基づいて「見せてよい表現」と「見せてはいけない表現」を一律に決めることではない。 保護者が利用できるフィルタリング機能を充実させる 年齢に応じて広告表示を選択できる仕組みを整える 未成年のアカウントには一定の広告を表示しない 子どもが不快な広告を自分で閉じたり報告したりできるようにする 学校で広告や情報の意図を読み解く力を教える 保護者に端末設定やペアレンタルコントロールの情報を提供する こうした環境整備こそが行政の役割である。 子どもの保護を理由に社会全体から表現を排除するのではなく、それぞれの家庭が子どもの発達段階に応じて選択できるよう支援する。それが、家庭の教育に関する判断と表現の自由をともに尊重する方法ではないだろうか。 子ども向け対策と、大人を含む一律規制は違う 青少年保護を目的とするなら、本来優先されるべきなのは、子どもが利用する場面に限定した対策である。 大人も利用するプラットフォームから表現自体を広く排除することと、青少年に表示しない仕組みを整えることは同じではない。 表現の内容そのものを規制する前に、誰に、どの場面で、どのように表示されるのかを制御する方法を検討すべきである。 これは表現規制の基本でもある。 目的を達成できる複数の手段があるなら、表現の自由をより強く制限する手段ではなく、影響の少ない手段を選ばなければならない。 規制を必要とする根拠が十分に示されていない 改正案の概要には、「青少年が意図しない形で目に触れてしまう」という問題意識は示されている。 しかし、そこから直ちに、対象の曖昧な法的枠組みを導入してよいことにはならない。 必要なのは、少なくとも次の検証である。 どのような広告が、どの年代に、どの程度表示されているのか 具体的にどのような被害が確認されているのか その広告と青少年への重大な悪影響との関係が確認されているのか 既存の広告審査やフィルタリングでは、なぜ対応できないのか 表示方法の改善など、より制限的でない手段では足りないのか 新制度によって過剰な掲載拒否や削除がどの程度発生するのか 示された資料からは、こうした立法事実や代替手段の比較が十分に示されているとは言い難い。 「不快に感じる人がいる」ことと、「青少年の健全な成長を著しく阻害する」ことは同じではない。 強い言葉によって規制を正当化するのであれば、それに見合う具体的な根拠が必要である。 将来の規制拡大にも注意が必要だ 改正案の附則は、広告をはじめとする「青少年の健全な成長を阻害するおそれのある情報」について、閲覧機会をできるだけ少なくする技術や、その他の方策を政府が検討するとしている。 ここでも、対象は「エロ広告」に限定されていない。 今回の制度が入口となり、将来的には広告以外の投稿、漫画、動画、ゲーム、政治的・社会的表現などへ対象が広がる可能性も否定できない。 規制は、一度導入されると対象が拡張されやすい。だからこそ、最初の段階で対象、基準、手続、効果検証、見直し期限を明確にしなければならない。 問題は目的ではなく、手段である この改正案を批判することは、子どもに性的な広告を無制限に見せるべきだと主張することではない。 問題は目的ではなく、手段である。 青少年を守るという目的が正当であっても、曖昧な基準で幅広い表現を萎縮させてよい理由にはならない。 「エロ広告対策」という言葉だけで思考を止めず、実際の条文がどこまでの表現を対象とし、誰に判断させ、どのような不利益を生じさせるのかを見る必要がある。 少なくとも、この改正案については次の点を問い直すべきだ。 「エロ広告」とは何かを明確に定義できるのか なぜ条文では性的な広告以外にも対象を広げているのか 「青少年有害情報に準ずる情報」という曖昧な規定は必要なのか 年齢や利用場面に応じた表示制限では対応できないのか 掲載拒否や削除に対する理由通知と異議申立制度はあるのか 通報件数と実際に問題が認められた件数を区別するのか 第三者評価団体の中立性と資金の透明性をどう確保するのか 規制の必要性と効果を定期的に検証するのか 表現の自由への影響を誰が検証するのか 子どもを守ることと、表現の自由を守ることは対立する目標ではない。 何を見せ、何を見せないかは、まずそれぞれの家庭が子どもの発達段階に応じて判断する。その判断を、フィルタリングやペアレンタルコントロールによって支援する。同時に、学校や家庭で情報を読み解く力を育てる。 それでも対応できない、具体的で重大な危険がある場合に限って、対象を明確に限定した措置を検討する。 それが本来の順序である。 「健全な成長」という抽象的な言葉によって、何が許される表現なのかを行政、巨大プラットフォーム、行政の支援を受けた民間団体の判断に委ねる制度には、慎重であるべきだ。 「子どもに見せたくない」という思いを、そのまま「社会から消すべきだ」という規制に転換してはならない。 関連リンク【法案提出】議員立法「エロ広告規制法案」を提出|国民民主党表現の自由に関連する記事
令和8年度予算編成方針について
藪原太郎
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2026年2月26日
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令和8年度の施政方針が発表され、各会派による代表質問が行われた。立憲民主ネットを代表して、今回の質問は私が担当した。会派の意見を集約しながら、私自身の問題意識も織り交ぜて臨んだ。 市長に直接、その考えと責任を問うことができる貴重な機会である。だからこそ、原稿として練り上げ、論点を整理した上で臨んだ。 再質問は4回まで認められている。しかし、再質問に依存すれば議論は細部に流れやすい。今回は本質的な論点を正面から提示することを優先した。 細部の検証は、続く予算特別委員会で徹底的に質疑したい。 以下、代表質問原稿 立憲民主ネットの藪原太郎です。会派を代表して市長の施政方針に対する代表質問を行います。いま国全体では、株価の上昇が景気の良さとして語られる場面もあります。しかし、市民生活の実感としては、上がるのは物価ばかりで、実質賃金は伸び悩み、生活の余裕はむしろ薄れているという声が少なくありません。とりわけ就職氷河期世代は、長期にわたる不安定な雇用や所得の停滞を背負い、その延長線上で、社会から孤立し、ひきこもり状態に至るケースも指摘されております。さらに若年層に目を向ければ、多額の奨学金返済を抱えながら社会に出る現実があります。本来は学びを支える制度であるはずの奨学金が、人生の出発点で重い負担となっている実情は看過できません。現役世代は、子育て、住宅ローン、教育費、そして親世代の介護と、幾重もの責任を同時に背負っています。社会を支える中心世代でありながら、その負担の重さに対する支えが十分とは言えない状況が続いております。「未来に希望が持てない」という感覚が広がることは、地域社会の持続性そのものに関わる問題であります。私たちはいま、多様性が求められる社会に生きています。多様な生き方があってよい。そのこと自体は疑いのない前提であります。しかし、多様性の真価が問われるのは、自分には理解しきれない立場や価値観に接したときではないでしょうか。そのときに排除ではなく、受け止め、支える仕組みを持てるかどうか。そこに自治体の力量が表れると考えます。すべてを単純な是非で割り切るのではなく、ときには過度に介入せず、否定しないという姿勢もまた、存在を認めるということにつながります。多様性とは、理解できるものだけを受け入れることではなく、理解しきれないものとどう共存するかという問いであります。だからこそ基礎自治体には、理念を掲げるだけでなく、支援が必要な方に確実に届く制度設計と、現場で機能する体制、そして成果の検証が求められます。市長が掲げられた方針が、具体の施策として形になり、市民の暮らしの変化につながっているのか。順に確認してまいります。 Q1、任期折り返しを迎えた今、市長の主要公約の進捗についてお示しください。完了したもの、進行中のもの、見直し中または実現困難となっているものを区分して、分かりやすくご説明ください。あわせて、「武蔵野市の立て直し」は現在どの段階にあると認識されているのか。可能であれば、進捗割合などの形でお示しいただきたいと思います。 続いて、施政方針の序文において掲げられた「不易流行」について伺います。 市長は、「変えてはならないもの」と「変えるべきもの」を見極めることが重要であるとの認識を示されました。市政運営における判断の軸として、この考え方を前面に打ち出されたものと受け止めております。Q2、市長にとって「不易」とは何か。「流行」として何を変えていくのか。具体的な政策分野を挙げてお示しください。あわせて、その整理はどのような判断基準に基づいて行っているのか、ご見解を伺います。 続いて、施政方針における基本姿勢、とりわけ市民参加の拡充について伺います。市長は、職員が地域に出て市民の声を聴くことの重要性を繰り返し述べられ、また、「市民と市長の語ろう会」やデジタルプラットフォームcommonを活用した「市民目安箱」の本格実施など、市民との対話を重視する姿勢を示されています。市民の声を直接聴くことは極めて重要でありますが、そこで寄せられた意見や提案が、どのような基準で整理され、どのようなプロセスを経て政策判断に結び付いているのか。その見える化も同時に求められるのではないでしょうか。 Q3、市民から寄せられた意見やアイデアが、庁内でどのように整理・検討され、政策や予算に反映されているのか。そのプロセスを具体的にお示しください。あわせて、令和8年度から試行導入される行政評価制度は、その流れとどのように連動し、施策や長期計画の見直しにどう活かされるのか。評価結果の公表方法を含め、最終的に何を実現する制度なのか伺います。 あわせて、社会情勢の変化が激しい時代となっていることを踏まえ、長期計画については改めて議決事項などの議論が必要であるとの認識も示されました。長期計画は、市政運営の基本的な指針であり、市民や議会との合意のもとで進められてきたものであります。迅速な対応の必要性は理解するところでありますが、その一方で、計画の安定性や議会の関与とのバランスも重要であると考えます。 Q4、長期計画の議決事項の在り方について、どのような課題認識をお持ちか。見直しを行う場合、議会の関与やチェック機能をどう担保するのか。あわせて、第七期長期計画では、従来との違いとして何を見直し、変化に柔軟に対応する仕組みをどう設けるのか、市長の基本的な考え方を伺います。 続いて、物価高騰対策について伺います。物価高騰が長期化する中、本市の支援策の実効性と今後の方針について確認いたします。 Q5、国の施策を活用した今回の高物価対策について、市民生活にどの程度の即効的効果を見込んでいるのか。家計支援の効果と、低所得世帯や多子世帯への重点支援の位置付けをお示しください。あわせて、物価高騰が継続した場合、本市としてどのような役割を果たすのか。独自の対応と今後の方向性を伺います。 続いて、市民の命と健康を守る地域医療の確保について伺います。物価高騰や人件費の上昇などにより、全国的に病院経営は厳しい状況にあります。本市においても、市内病院が厳しい経営環境に置かれているとの認識が示され、市として支援を継続する方針が示されました。医療は市民の安心を支える基盤であり、とりわけ急性期医療や災害時医療の確保は、基礎自治体にとって重要な責務であると考えます。Q6、市内病院への支援について、その政策目的と期待する効果をどのように整理されているのか。また、支援はどの段階まで継続することを想定しているのか。経営支援と医療機関の自立的運営とのバランスについて、市の基本的な考え方をお示しください。 次に、吉祥寺地域の医療体制について伺います。吉祥寺南病院の事業継承がなされましたが、現在確保されている病床数は125床にとどまっています。将来にわたり持続可能な医療体制を構築するためには、本市として必要な病床規模を明確にし、東京都との協議を着実に進めることが重要であると考えます。市長は、東京都知事選において小池都知事への出馬要請に名を連ねたことが報じられております。また、都知事とともに写った写真をSNS等で公開されるなど、近い関係性を自ら発信されてきました。そのような政治的判断と関係性を示されてきたのであれば、その成果は市民の利益、とりわけ命に直結する医療体制の確保という形で示されるべきであると考えます。Q7、本市として、吉祥寺地域において必要と考える病床数をどのように見込んでいるのか。あわせて、東京都との協議状況と、実現に向けた具体的な働きかけについて、市長の見解を伺います。 あわせて、近年深刻化している熱中症対策について伺います。庁内連携体制の強化やクーリングシェルターの設置、生活困窮世帯へのエアコン購入費助成などが示されていますが、これらの施策がどの程度市民の命を守る効果を上げているのか、検証も重要であります。Q8、熱中症対策庁内連携会議の設置以降、具体的にどのような成果が上がっているのか。また、特に高齢者や子どもなどリスクの高い層への対策をどのように評価しているのか、お伺いいたします。 続いて、住まいの確保と、地域で暮らし続けられる社会の実現について伺います。施政方針では、住宅確保要配慮者への伴走型支援やICTを活用した見守り体制の整備が示され、「住み慣れた地域で安心して暮らし続けられる」社会を目指すとされています。理念としては重要であり、共生社会の実現に向けた方向性には賛同するところであります。しかしながら、家賃の高騰、単身高齢者や障がいのある方の入居制限、保証人の問題、福祉人材の不足など、現実は決して容易ではありません。理念を掲げることと、それを実際に実装することの間には、大きな隔たりがあるのではないかという懸念もあります。Q9、本市が掲げる「住み慣れた地域で安心して暮らし続けられる」という理念は、現実の住宅市場や支援体制の制約を踏まえたうえで、どこまで実効性を持つ政策として構築されているのか。住まい探しから居住後の見守りまでを一体的に行う体制の規模感、民間住宅市場との連携の在り方、孤独・孤立や複合課題を抱える世帯へのアウトリーチの位置付け、ICT見守りの効果検証を含め、具体的な実装と責任の範囲をお伺いします。あわせて、これは単なる努力目標にとどまるものなのか、それとも財源と人員を伴った覚悟ある政策として実現を目指すものなのか。市長の率直な認識を伺います。 続いて、「親子に寄り添い、子どもの声を形に」との方針について伺います。妊娠期から子育て期における外出支援として、タクシー電子チケットを1世帯当たり2万円分配付するとのことです。移動の負担軽減という趣旨は理解するところであります。タクシーの活用については、我が会派からも具体的に提案してきた経緯があり、今回制度として実現に至ったことは評価するところであります。一方で、市長は選挙公約においてレモンキャブの活用を掲げておられましたが、結果としては法的整理が難しく実現には至らなかったと承知しております。しかしながら、当該制度に法的な制約が存在することは事前に確認可能であったはずであり、公約として掲げる段階でどの程度実現可能性の検証が行われていたのかについては、疑問も残ります。Q10、タクシー電子チケット事業について、想定利用率や政策効果をどのように見込んでいるのか。また、配車アプリを利用できない世帯やデジタル環境に課題を抱える世帯への配慮をどのように整理しているのか、お示しください。あわせて、レモンキャブ活用が実現に至らなかった経緯について、実現可能性の検証はどの段階でどのように行われたのか。公約との整合性について、市長の見解を伺います。 続いて、「子どもの権利の日イベント」の見直しについて伺います。中高生が主体的に関わる場を設けることは重要であり、子どもの声を尊重する姿勢そのものは評価するところであります。しかし、単なるイベントにとどまるのであれば、実効性のある政策形成には結びつきません。重要なのは、子どもの意見がどのように制度や施策へ反映されるのかという点であります。市長は議員時代、子どもの権利条例に対して反対の立場を取られていたと承知しております。そのような経緯を踏まえ、市長として条例をどのように受け止め、どのような姿勢で運用していくのかは、改めて確認すべき重要な点であると考えます。Q11、中高生の意見をどのような仕組みで市政に反映させるのか。イベントで出された意見の取り扱いと、その後のフォローアップ体制について具体的にお伺いします。あわせて、市長は現在、子どもの権利条例をどのように位置付けているのか。条例に反対していた立場から、市長としてどのような認識で条例と向き合っているのか、率直なお考えをお聞かせください。 続いて、「すべての子どもに学びの保障を」との方針について伺います。 施政方針では、学校改築事業においてラーニングコモンズをはじめとする多様な学びの空間を整備し、主体的・対話的で深い学びを支えるとされています。また、不登校支援としてチャレンジクラスを新設し、教員の働き方改革やICT活用も進めるとされています。さらに、「開かれた学校づくり協議会」により地域との連携を強化するとのことであります。 いずれも重要な取組でありますが、空間整備や制度創設そのものが目的化することなく、それらが実際に子どもたちの学びの質の向上につながっているのか、その検証が何より重要であると考えます。 Q12、学校改築事業におけるラーニングコモンズ整備が、子どもたちの学力や主体性の向上にどのような具体的成果をもたらしているのか。評価指標と検証方法をお示しください。あわせて、第二期学校施設整備基本計画において、「子どもの学びを第一に」とする方針がどのように具体化されるのか、市の基本的な考え方を伺います。 続いて、不登校支援と学びの受け皿について伺います。本市ではこれまで、不登校児童生徒の居場所として「チャレンジルーム」や「むさしのクレスコーレ」を設置し、学習支援や社会的自立に向けた取組を進めてこられました。そうした既存の支援体制がある中で、令和8年4月から第五中学校に「チャレンジクラス」を設置するとのことであります。学校の中で学びの機会を確保する新たな枠組みを設けること自体は前向きな取組と受け止めますが、不登校児童生徒数が増加傾向にある現状を踏まえると、その規模や位置付け、既存施策との整理が重要になると考えます。Q13、チャレンジクラスの定員規模と受入体制はどの程度を想定しているのか。また、今後の拡充や他校への展開についてどのように考えているのかお示しください。あわせて、チャレンジルームやむさしのクレスコーレとの役割分担をどのように整理しているのか。不登校支援の全体像として、どのような体系を構築しようとしているのか、市の考え方を伺います。さらに、こうした取組が持続的に機能するためには、教員の負担軽減や人的体制の確保も不可欠であります。あわせて、教員の時間外勤務の現状をどのように認識しているのか。働き方改革と不登校支援の充実をどのように両立させていくのか、具体的な方策についてもお示しください。 続いて、「命を守る防災、3年目の挑戦」について伺います。3年目の挑戦として感震ブレーカーの全世帯配布が示されました。これまで家具転倒防止金具の補助、携帯トイレの全世帯配布と、防災施策を段階的に積み上げてこられました。そこで伺います。Q14、これまでの一連の取組によって、14万市民の安心・安全はどのように向上したと認識しているのか。人的被害や火災被害、避難生活の質の向上などについて、具体的な効果見通しや評価があればお示しください。あわせて、今回の感震ブレーカーの配布により、防災力はさらにどの程度向上すると見込んでいるのか。出火防止効果や被害軽減の具体的な想定について、市の認識を伺います。 続いて、防災訓練の在り方について伺います。令和7年度には、自衛隊OBが所属する企業の協力のもと、従来の台本型訓練ではなく、参加者が自ら考え行動する実践型訓練を実施されたとのことであります。実効性を重視した取組として評価するところであります。令和8年度も引き続き実効性を高める訓練を実施するとされていますが、重要なのは、こうした知見が単年度の取組にとどまらず、本市の組織能力として着実に蓄積されていくことであります。市長ご自身はこれまで、自衛隊OBの活用について前向きな考えを示されてきたと承知しております。そうであるならば、外部の協力を得るだけでなく、専門的知見を市の中に定着させる体制づくりも視野に入れるべきではないでしょうか。Q15、今回の実践型訓練で得られた課題や成果をどのように整理し、庁内体制の強化に反映させていくのか。また、防災分野における専門人材の確保や活用について、今後どのような方向性を持って取り組むのか、市の考えを伺います。 続いて、避難所環境の改善について伺います。今回、スフィア基準に触れられたことは評価いたします。スフィア基準とは「人道憲章と人道対応に関する最低基準」であり、被災者が単に命をつなぐのではなく、「我慢」を強いられることなく、人間らしく安全・安心に生活できる環境を確保することを目的とする国際的な基準であります。本市において簡易ベッドや女性用品の備蓄を進めることは前進でありますが、今回は一部備蓄品への適用にとどまっているとの認識であります。Q16、本市として、将来的にスフィア基準を満たす避難所環境を目指す考えはあるのか。部分的な対応にとどめるのか、それとも避難所全体の環境改善を段階的に進めていくのか、市長のご見解を伺います。 次に、イーストエリアの「環境浄化特別強化期間」について伺います。本方針で用いられている「環境浄化」という表現は、その定義が曖昧なまま運用されれば、特定の属性を持つ人々や特定の職業に従事する方々を、一方的に排除する論理へと繋がりかねない危うさを孕んでいます。そもそも、公共空間とは本来、多様な人々が混ざり合う「雑多なもの」であり、行政にとって心地よいもの、都合のよいものだけを並べる場ではありません。 安全・安心の確保は重要ですが、それはあくまで「法に触れる具体的な行為」を対象とすべきであり、人そのものを選別し、排除する権利は公権力にはないはずです。Q17、本市が定義する「環境浄化」とは、具体的に何を指すのか。是正の対象はあくまで「行為」であって「人」や「職業」ではないという原則を確認したいと思いますが、市長の見解をお示しください。あわせて、吉祥寺が育んできた多様性と包摂性を、この施策によって損なう懸念はないか、市の認識を伺います。 続いて、「芸術文化・スポーツで、心豊かに生きる」施策について伺います。本施策では、アニメ、マンガ、音楽などのクリエイティブなジャンルを活かしたシティプロモーションや産業支援に触れられております。デザインマンホールも吉祥寺地区、中央地区、境地区の3エリアに展開され、本市の特色を活かした魅力発信が着実に進められていることは評価いたします。この分野は、私自身もこれまで力を入れて取り組んできたテーマであり、武蔵野市の都市ブランド形成にとって重要な柱であると認識しております。一方で、デザインマンホールや回遊事業が単なる話題づくりや観光施策にとどまるのではなく、市内産業や創作活動の活性化、さらには地域経済の循環につながっていく仕組みが不可欠であります。回遊によって人が動き、その人の消費が商店街に落ち、クリエイターに仕事が生まれ、市内事業者が成長していく。そうした「経済にコミットする仕組み」として設計も求められていると考えます。そこで伺います。Q18、デザインマンホールや回遊事業を含むクリエイティブ施策を、地域経済活性化とどのように結び付けていくのか。商店会や市内事業者との連携の具体策、経済効果の把握方法、そして創作活動支援への波及について、市の考え方をお示しください。 続いて、「未来へつなぐ、駅周辺のまちづくり」について伺います。まず、吉祥寺パークエリアでの社会実験「吉祥寺ストリートピクニック2025」については評価いたします。歩行者天国の取組は、都市の価値を高め、人の滞留を生み、まちの魅力を引き出すものであり、今後は単発にとどまらず、より継続的・拡張的な展開も検討していただきたいと考えます。一方で、「附置義務駐車場地域ルール」の導入検討について伺います。市長は市議時代、附置義務駐車場の緩和・拡大については慎重な立場を取られていたと記憶しております。我が会派としては、老朽化したビルの更新促進や都市機能の高度化の観点から、一定の見直しについては肯定的な立場であります。老朽建物更新との関係で制度見直しを進めること自体は理解いたしますが、これまでのご認識との整理をどのように行っているのかを確認させていただきます。Q19、附置義務駐車場地域ルール導入の目的と具体的な効果をどのように見込んでいるのか。また、交通環境や商業環境への影響をどのように評価し、制度設計に反映していくのか、市長の見解を伺います。 次に、ムーバスをはじめとする地域公共交通について伺います。ムーバスは、そもそも高齢者の外出支援を目的として生み出された交通施策であります。30周年を迎えた現在、本市は高齢化社会から超高齢化社会へと移行しております。運転手不足という現実的課題はありますが、だからこそ原点に立ち返った抜本的な再構築が求められていると考えます。現在は駅を中心とした巡回路線が基本となっておりますが、今後の見直しにあたっては、市内を大きく巡回し、公共施設や医療機関を結ぶ路線など、多様な移動ニーズに応える再編も検討に値するのではないでしょうか。Q20、ムーバス再構築にあたり、原点である高齢者外出支援という理念をどのように再定義するのか。また、駅中心型にとどまらない路線再編の可能性について、市の基本的な考え方を伺います。 次に、水道事業について伺います。Q21、都営水道一元化について、都知事からの「スピード感をもって進めましょう」との発言がありました。市長はこの発言をどのような趣旨として受け止めているのか。何を、どのように加速させるべきとの認識なのか。また、一元化に向けての都と市の役割分担はどのように整理されているのか。現時点で見えている工程、今後市として示すべきロードマップについて、市長の見解を伺います。 Q22、一方で、老朽化が進む水道管対策は、一元化の有無にかかわらず進めるべき喫緊の課題であります。今回、4,055万円をかけて策定する「鋳鉄管(配水本管)更新計画」について伺います。本計画は、水道管のどの区間を対象とし、どの程度の規模で、何年を見込んで更新を進めるものなのか。策定費が大きい理由、採用する工事手法、断水を最小限に抑えるための方策、体制面での課題など、この場でお示しいただける範囲で構いませんのでご説明ください。あわせて、水の安全性についても伺います。施政方針にはPFASに関する記述が見当たりませんでしたが、水道水の安全確保は14万市民の命と健康に直結する課題であります。現在の水道水および水源井戸の状況をどのように認識しているのか。今後の対応方針、そして都営水道一元化との関係をどのように整理しているのか、市長の見解を伺います。 続いて、「デジタルの力で便利な市役所へ」について伺います。公共施設予約システムの一元化や、転入・出生手続きのBPR、マイナンバー関連手続きの自動化、AIによる問い合わせ対応など、デジタル技術を活用した利便性向上の取組は評価するところであります。一方で、デジタル化は単なるシステム導入ではなく、「業務のあり方そのものの見直し」であるべきであり、その効果が市民サービス向上に確実につながることが重要であります。Q23、窓口業務改革(BPR)によって、どの程度の業務削減・時間創出を見込んでいるのか。また、効率化によって生まれた人的資源を、どの分野へ重点的に再配分するのか。単なる事務効率化にとどまらず、市民支援の質向上にどう結び付けるのか、市の具体的な考えを伺います。あわせて、デジタル化が進む中で、高齢者やデジタル機器に不慣れな市民への配慮をどのように担保していくのか。「行かない」「書かない」「待たない」窓口を目指す一方で、「取り残さない」仕組みをどのように設計しているのか、お示しください。さらに、AI活用やデータ連携を進めるにあたり、個人情報保護やセキュリティ対策をどのように強化していくのか、市の基本的な認識を伺います。 以上、本施政方針において示された諸施策について伺ってまいりました。しかし、その方針は具体の施策として形になり、市民の暮らしの変化として現れてこそ意味を持ちます。本日伺った各施策が、単なる方針にとどまらず、確かな成果として積み重なっていくことを強く求めます。小美濃市政の3年目でありますから、あえて大きく舵を切ること自体が目的になるとは考えておりません。その意味で、本施政方針は良く言えば全体として安定感のある内容であったと受け止めております。しかし、課題が加速度的に深まる時代において、安定は常に十分条件とはなりません。 安定は停滞と紙一重であります。だからこそ、市長ご自身が掲げた「不易流行」の覚悟が、いま問われていると申し上げ、私の代表質問を終わります。
松下玲子を応援する理由とは|都条例・コロナ対応・地域支援で示した判断と実績
藪原太郎
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2026年2月3日
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第51回衆議院選挙が始まった。私の選挙区である東京18区では、松下玲子が中道改革連合公認候補として立候補している。 私が松下玲子を応援する理由は、政策の好みや陣営論理ではない。政治の現場で、どこで立ち止まり、何を守り、どんな判断を引き受けてきたのか。その積み重ねを見た上での判断だ。 まず触れるべきは、2010年の東京都青少年健全育成条例改正案、いわゆる都条例をめぐる議論である。当時の東京都は、青少年の健全育成を名目に、表現規制を強化する方向へと大きく舵を切ろうとしていた。問題となったのは「非実在青少年」という概念だ。18歳未満に見える架空のキャラクターを対象に、性的表現を規制する。この考え方は、マンガ、アニメ、ゲームといった表現全体に広く影響を及ぼす可能性を持っていた。 この条例案は、2010年6月、都議会で否決された。石原都政下において、条例案が本会議で否決されるのは初めての出来事だった。 そこには複数の議員による慎重な議論があったが、その中で松下玲子は、条例の問題点を具体的に掘り下げ、安易な賛成に流れない空気をつくる役割を果たした。都庁側の説明をそのまま受け入れるのではなく、「非実在青少年」という曖昧な概念がどこまで拡大解釈され得るのか、その言葉の射程を一つひとつ確認し、問い直した。 重要なのは、反対のための反対ではなかった点だ。「青少年を守る」という目的自体を否定せず、その手段として表現規制が本当に妥当なのかを問い続けた。必要なのは規制ではなく、家庭で親が子どもと向き合い、対話し、教育することではないか。その原点を、議会の場で明確に示した。 結果として、条例案は否決された。石原都政初の否決という事実は、都議会が一度立ち止まったことを意味する。その立ち止まりの中に、松下玲子の議論と行動があった。 その後、条例は2010年12月に修正案として再提出され、「非実在青少年」という文言は削除された。不健全図書指定という制度自体は残ったものの、規制が一気に拡大する流れには歯止めがかかった。完全な勝利ではないが、将来への影響を見据えた判断だった。 この姿勢は、市長時代の行政運営にも一貫している。 コロナ禍は、自治体行政の真価が問われる局面だった。正解がなく、情報は錯綜し、不安は社会全体に広がる。その中で、自治体のトップは判断を先送りすることも、責任を曖昧にすることもできた。しかし松下玲子は、現場の声を踏まえながら冷静に判断し、市民の命と暮らしを守るために必要な対策を一つひとつ積み重ねてきた。 コロナワクチンの予防接種では、武蔵野市の効率的な接種体制が全国的に注目され、自衛隊が視察に訪れた。その運用は、後に自衛隊の大規模接種会場にも活かされた。一自治体の現場での工夫が、国レベルの施策に反映された好例である。 生活支援でも、制度設計の巧さが際立っていた。松下玲子の発案で実施された「くらし地域応援券」は、単なる給付ではない。お金が地域の中で循環するよう、細部まで考え抜かれた制度だった。 応援券は、商店街などの小規模店舗でしか使えない券と、大規模店舗でも使える券がセットになって配布された。重要なのは、大規模店舗でも使える券であっても、小規模店舗で利用できる設計になっていた点だ。これにより、使う側の利便性を確保しながら、商店街や個人店に人とお金が流れやすい構造がつくられていた。 応援券は500円単位で発行され、使用するには同額以上の現金支出を伴う。例えば、1,300円の買い物をする場合、500円券を1枚使い、残りの800円は現金で支払う。つまり、応援券は家計の支出を置き換えるものではなく、地域での消費を上乗せする仕組みだった。 この設計によって、市が支出した分に必ず現金が加わり、そのお金が地域の店に落ちる。現金と併用でき、端数を気にする必要もない。POSやクレジットカードを前提としないため、特別な設備投資を求められることもなく、地域で一番条件の厳しい小さな店まで確実に参加できた。 家計を直接支えながら、地域経済を回す。くらし地域応援券は、どこで使われるべきかを明確に意識しつつ、使う側の自由度も確保した、完成度の高い制度だった。 子ども・子育て政策でも同様だ。耳ざわりの良いスローガンではなく、実際に使われ、生活を支える制度を形にしてきた。その象徴が、待機児童0の達成と、18歳までの医療費完全無料化である。家庭の事情にかかわらず、子どもが必要な医療をためらわずに受けられる環境を整え、子育て世帯の負担を確実に軽減してきた。理念ではなく、生活に直結する政策だった。 ここで、これから実施される生活支援策にも触れておきたい。現市政の下で予定されている物価高騰対策は、Visaギフトカードを用いた支援である。全国のVisa加盟店で利用でき、家計への直接的な支援として、もちろんありがたい施策だ。 一方で、クレジットカード決済が前提となり、複数枚の併用や現金との併用ができない仕組みとなっている。そのため、POSを導入していない、あるいはクレジットカード利用に制約のある商店街の小さな店では、実際の運用において使いにくい場面が生じる可能性もある。 この違いは、制度の思想の違いを映している。くらし地域応援券は、地域での循環を前提に設計されていた。どこで、誰が、どう使うのかを、生活の目線で考え抜いた制度だったと言える。 さらに重要なのは、市長としての判断が、司法の場でも検証に耐えたという事実だ。 松下玲子が市長在任時、武蔵野市が行った吉祥寺駅前の市有地売却と駐輪場整備をめぐり、土屋正忠元市長が、松下玲子個人に約10億円の賠償を求める住民訴訟を起こした。 この訴訟は、一審、二審、最高裁を通じて退けられた。土地取引は、新たな駐輪場設置による市の利益が大きく、市の算定価格での取引に「裁量権の逸脱や濫用はない」と判断された。市の判断は、全面的に正当と認められた。 武蔵野市は過去、土屋正忠市長時代の市長交際費をめぐる住民訴訟で敗訴したことがある。行政の裁量が「公益性がない」と否定された事例だ。 それだけに、今回の住民訴訟で、市の正当性が認められた意味は大きい。同じ人物を軸に、行政判断が否定された過去と、後任市長の判断が全面的に肯定された現在が並ぶ。この対比は偶然ではない。 行政判断は、後から必ず検証される。松下玲子の判断は、その検証に耐えきった。 危機の時に逃げない人。暮らしの現場を起点に、制度を組み立ててきた人。理念ではなく、判断と実績で語れる人。 そうした人にこそ、国政を担ってほしい。だから私は、松下玲子を応援する。 関連リンク松下玲子公式サイト中道改革連合藪原太郎公式サイト
東京の火葬場問題|人口統計から見える武蔵野のこれから
藪原太郎
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2025年11月20日
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多死社会に向かう武蔵野で、見えているのに語られない「火葬インフラ」の現実 前回の記事では、東京の火葬場が抱える構造的な問題について触れた。23区では火葬料金の高騰が続き、市部では施設そのものが足りない。葬儀や火葬という、生きている間はあまり意識しないテーマが、気が付けば暮らしの足元に重くのしかかりつつある。 今回の記事では、その背景にある人口構造の変化に目を向けたい。火葬場の逼迫は突然の出来事ではなく、静かに積み重なってきた人口動態の結果として現れている。今の東京がどこへ向かっているのかを知るには、まず足元の数字に向き合う必要がある。 武蔵野の人口を丁寧に分解してみる 武蔵野市の住民基本台帳を年代別に見ると、いま何が起きているのかが驚くほどはっきりと読み取れる。 75歳以上 19,868人65〜74歳 14,091人55〜64歳 19,718人 人口約15万人のうち、75歳以上がすでに約2万人を占める。街を歩いていても、高齢の方が増えたという実感を持つことはあるが、数字で見るとその存在感はさらに際立つ。 令和2年の統計では、年間の死亡者数は約1,100〜1,200人。これは単なる結果ではなく、75歳以上の人口規模とほぼ比例している。こうした現象は武蔵野市に限ったものではなく、東京全体、多摩全体でも同じ傾向が見られる。つまり現在の状況は、多死社会の入口ではなく、すでにその中に入り始めている段階にある。 これから先の10年、20年に何が起きるのか ここから先は、さらに大きな波が来る。 まず、団塊世代が85歳以上へと突入する。85歳を超えると死亡率は急激に上がり、年間の死亡者数が一段と増える傾向がある。これは避けられない人口の動きであり、どの自治体もこの波を受けることになる。 さらにもう一つ大きいのが、55〜64歳に位置する団塊ジュニアの存在だ。約2万人いるこの層が20年後には75歳以上に加わることで、高齢者人口は大きく膨らむ。推計では、武蔵野市の75歳以上人口は今後30〜50%増える可能性が高く、それに連動して年間の死亡者数も1,500〜1,700人規模に増えると読み取れる。これは武蔵野市の将来人口推計とも整合しており、増加が一時的ではなく長期にわたることを示している。 これは単純な増減ではなく、社会そのものの構造が変わることを意味する。高齢者が増え、支え手が減るという状況の中で、亡くなる人の数だけが急増する。医療、介護、生活、そして最後の火葬の現場まで、あらゆる分野に影響が及ぶ。 火葬場の逼迫は「予約が取りにくくなる」だけではない 都内の火葬能力は限界に近づきつつある。すでに火葬待ちは3〜5日が標準となり、冬場は10日以上待つこともある。火葬場は24時間動かせば済むという施設ではなく、周辺環境や労働条件の制約があるため、供給量の拡大には限界がある。 武蔵野市を含む東側の市部では、多磨葬祭場に利用が集中しており、この状況が続けば、火葬待ちが2桁の日数になることが通常化する可能性もある。 火葬を待つ期間が延びると、遺族の肉体的・精神的負担が増えるだけでなく、感染症対策や安置スペースの問題など、別の課題も浮上する。災害時や流行病の拡大期には、さらに深刻な影響が出ることが予想される。 いまから考えておくことに意味がある 火葬場は迷惑施設として扱われがちで、新設や拡張は容易ではない。行政が強引に進めれば反発が生まれ、対話を欠いては地域の不信を招く。しかし、必要な施設が整わなければ、最終的に困るのは地域に暮らす市民である。 施設の更新や再配置、複数市による共同運営、災害時の暫定設備の活用、料金や待機日数の情報公開、丁寧な説明と合意形成。一つひとつは地味だが、欠かすことのできない取り組みだ。 人口構造の変化は、数年で解決できるものではない。だからこそ、数年後ではなく、今から準備を始める必要がある。 最後に 火葬場の問題は、一つの市だけが抱えるものではなく、東京全体が向き合わなければならない課題でもある。地域の枠を越えて、よりよい形を探す取り組みをこれからも続けていきたい。 関連リンク武蔵野市人口統計武蔵野市の将来人口推計
離婚後の共同親権とは?2026年施行制度の概要と子どもの権利から見た課題
藪原太郎
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2025年11月4日
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離婚後の共同親権をめぐる議論 子どもの視点から見える課題と期待 2026年4月、離婚後の共同親権制度が日本で初めて導入される。明治時代以来つづいてきた「離婚すれば親権はどちらか一方のみが持つ」という仕組みが、ようやく見直される形だ。この法改正の目的は、離婚しても子どもが父母の双方と関わり続けられるようにすることにある。しかし、制度が現実にどのように運用されるのか、そして本当に子どもの権利を守るものになるのかは、まだ見えない部分が多い。 子どもにとって「親」とは誰か 離婚を経験した子どもにとって、親の離別は「家族の分断」として深く記憶に残る。単独親権制度では、親権を持たない側の親が子どもの医療や教育に関われない場面が多く、結果として会う機会さえ減ってしまう。「もうお父さん(お母さん)に会えないの?」という不安を抱える子どもも少なくない。 共同親権が選べるようになれば、離れて暮らす親も子どもの成長に法的責任を持ち続けることができる。これは「両親から愛されている」という実感を保つうえで、心理的な安定につながる可能性がある。 賛成派の見方 「親の関係より子どもの関係を守る」 賛成派は、この制度を「子どもが二人の親から愛情と支援を受け続ける権利を保障するもの」として評価している。特に父親側の当事者からは「離婚後も子どもの教育に関わりたい」「一方的に排除される現行制度は不公平だ」という声が多い。海外ではすでに共同親権が一般的であり、日本の制度は時代に取り残されているという指摘もある。 また、養育費の未払い問題の解消にもつながるという見方がある。親権を共有することで、離れて暮らす親が「責任を持つ主体」としての自覚を持ちやすくなるという理屈だ。子どもの経済的基盤を安定させる狙いも、この法改正の背景にある。 反対派の懸念 「暴力のある家庭では危険」 一方で、反対派が最も強く警鐘を鳴らすのは、DVや虐待がある家庭でのリスクだ。離婚後も加害的な親が親権を持つと、もう一方の親や子どもが逃げられなくなる。親権を理由に進学や医療などの同意を拒否され、子どもの選択が制限される恐れがある。 「共同親権が子どものため」とは限らない。暴力や支配関係があった家庭では、親の関与が子どもにとって再びストレス源になることもある。制度が形だけ進んでも、現場での保護や支援体制が追いつかなければ、子どもの権利が守られないという懸念は根強い。 「子の最善の利益」という原則のむずかしさ 改正法の中心にあるのは「子の最善の利益」という考え方だ。しかし、何が「最善」なのかは一律には決められない。親同士の対立が激しい場合や、価値観が大きく異なる場合、子どもがその板挟みになることもある。 たとえば、進学先の選択や宗教教育の方針など、家庭内でも意見が割れやすい問題では、合意が得られないまま時間だけが過ぎていく可能性がある。家庭裁判所が介入しても、最終的には「どちらの意見が子の利益に合致するか」という曖昧な判断を下すしかない。 子どもの声をどう反映させるか 国連の子どもの権利条約では、子どもが自分に関わる問題について意見を述べる権利が認められている。しかし、日本では家庭裁判所で子どもの意見を丁寧に聴き取る仕組みがまだ整っていない。年齢によっては発言しづらく、大人の意向に流されることもある。 共同親権が導入されるなら、「親の合意」よりも「子どもの声」を尊重する制度的保障が欠かせない。たとえば、弁護士や心理士が子どもの代弁者として参加できるようにするなど、手続的な工夫が必要だ。 一方で、協議が可能なカップルもいる 一方で、親権の協議を円滑に行える夫婦は、関係が完全に断絶しているとは限らない。反対に、関係が深刻に破綻している場合には、家庭裁判所による審理が必要となる。そうしたケースでは、紛争の長期化が子どもの生活に影響を与えるため、手続の迅速性が重要となる。家庭裁判所は子どもの利益を最優先に判断するが、審理が長引けば子どもの生活環境が不安定になる。したがって、法制度の整備とともに、調停・審判の迅速化や一時的な監護体制の確保など、実務面での改善も求められている。 共同であることに問題があるケースは、個別に切り分けて守る 共同親権が子どもの安定につながるケースは少なくない。一方で、実務では「継続性の原則」が強く、離婚前から主に子どもを見ていた親の監護がそのまま維持されやすい現実がある。ここに、ネグレクトや心理的虐待が紛れ込むと、子どもの安全が制度の陰で見えにくくなる。 私がよく聞くのは、母が育児放棄に近い状態であっても、形式上は日常の世話を継続していたために父が親権を取ることが難しいという事例だ。日本の家裁は子どもの最善の利益を最優先しつつも、生活の連続性や現在の監護環境を重視する傾向がある。明白な問題が認められない限り、現状維持に傾くことが多い。 だからこそ、共同という形式を先に置くのではなく、子どもが置かれている個別の状況から出発するべきだ。ネグレクトが疑われる場合は、証拠の収集と保護の経路づくりが第一になる。学校や保育所の記録、医療機関の所見、児童相談所の対応履歴は重要な手がかりになるし、家裁では監護者指定や親権停止・喪失の申立ても含めて、段階的に子どもの安全を確保していく。 統計面でも、虐待対応の相談件数は増加しており、加害者は実母・実父が大半を占める。ネグレクトは決して例外的な現象ではない。つまり、共同という選択肢が広がるほど、共同が不適切な個別事案を正確にふるい分ける仕組みが同時に必要になる。 経済的支援と養育費の確保 今回の改正では「法定養育費制度」も新設される。離婚時に取り決めがなくても、子を育てる親が相手に月2万円の暫定的養育費を請求できる仕組みだ。これは親の義務であると同時に、子どもの権利でもある。 子どもが経済的に不安定な生活に置かれないよう、国が一定の基準を設けた点は評価できる。ただし、実際に支払いが滞った場合の強制力や、支給額の妥当性については今後の検証が必要になる。 自治体・学校・地域社会に求められる支援 家庭の問題は、最終的に地域社会が支える仕組みの中でこそ安定する。共同親権のもとで親同士の連絡が難しい場合、学校や児童相談所が情報共有の役割を果たすことも増えるだろう。また、子どもが安心して相談できる窓口を地域に整備することが、制度の実効性を高める鍵となる。 親の関係が悪化しても、子どもが孤立しない仕組みをどう作るか。自治体レベルの対応力が問われている。 結論:子どもの幸福を中心に置く法制度へ 共同親権の導入は、親の権利を拡大するためのものではなく、子どもの幸福を守るための制度でなければならない。親が二人いるという法的形式よりも、子どもが「安心して生きられる環境」が整っているかどうかが本質だ。 制度が施行されるまでの1年半の間に、社会全体で子どもの権利と安全をどう守るかを議論する必要がある。本当に問われているのは、「親がどうあるべきか」ではなく、「子どもがどう生きたいか」なのだ。 関連リンク法務省:民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)について藪原太郎公式サイト
横断歩道の青信号時間と歩行速度のギャップ 市民の安全を守るには
藪原太郎
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2025年9月10日
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歩行者信号の時間と市民の安全な横断 先日の一般質問では「歩行者信号の時間設定と市民の安全な横断」を取り上げた。信号は誰もが日常的に利用するものであり、交通ルールの根幹を成す存在だ。しかし実際には、その時間設定が市民一人ひとりの安全に大きな影響を与えていることはあまり意識されていない。横断歩道を渡ることは日常のごく当たり前の行為であるにもかかわらず、歩く速さや体力によって「安心して渡れるかどうか」が左右されているのが現実だ。だからこそ、議会の場で改めて問い直す必要があると考えた。 体験から見えた課題 足の不調によって歩く速度が普段より落ちたとき、青信号に変わると同時に横断を開始したにもかかわらず、反対側にたどり着く前に信号が赤へと変わった。周囲の車の動きに焦りを覚え、横断歩道の真ん中で取り残されるような心境に陥った。この経験は、健康で足早に歩けていた頃には見過ごしていた課題を、強烈に意識させるものとなった。市民の中には高齢者や障害を持つ方も多く存在し、日常的に同じような不安を抱えているのではないか。買い物帰りに荷物を持つ人や、子どもを連れて歩く保護者にとっても、横断中に信号が変わる不安は大きい。日常に潜む小さな不便が、実は命に関わる重大な危険につながることを身をもって痛感した。 基準と現実のギャップ 歩行者信号の青信号時間は、警察庁の設計基準に基づき「歩行速度1.0メートル毎秒」を前提に算定されている。これは若く健康な人を想定した理想値に過ぎない。しかし、国立長寿医療研究センターなどの調査によれば、高齢者の平均歩行速度は0.8メートル毎秒を下回る場合も多く、特に後期高齢者や体に不調を抱える市民ではさらに遅くなるのが実態だ。こうした基準と現実の乖離は見過ごせない。長い横断歩道で青信号が足りなければ、途中で赤に変わり、横断者が車両と鉢合わせする危険が生じる。信号時間の設計は単なる交通工学上の数字ではなく、市民の命と直結する課題だ。 議会での指摘 今回の一般質問では、まず市民からの声を市がどの程度把握しているかを問うた。信号時間が短く渡り切れないという不安や相談は、特に高齢化が進む武蔵野市では重要なテーマである。市は「必要性はある」と一定の認識を示したものの、実際の点検や調整は警察が担っているとの答弁にとどまった。しかし現場では、市民の声がきっかけとなって改善された事例が存在する。例えば平沼園前の交差点では、青信号が短すぎるという市民の指摘を受けて、時間が延長された。形式的には「点検している」と言っても、現実には市民の指摘が改善を動かしている。つまり市民の声こそが安全対策の推進力になっている。 市民生活に直結するテーマ 歩行者信号の時間設定は単なる技術基準ではない。「青の間に渡り切れるかどうか」という安心感そのものが市民生活の基盤だ。特に高齢者や障害者、子ども連れの保護者にとって、横断歩道は毎日の暮らしに密接に関わる存在であり、安心できないまちは外出意欲そのものを奪う。外出が減れば地域の交流や活力も失われる。安全に渡れる信号時間の確保は、健康増進や地域コミュニティの維持にも直結している。市は警察と連携し、基準の見直しや交差点ごとの改善に積極的に取り組むべきである。信号時間の調整にとどまらず、「すべての市民が安心して移動できるまちづくり」をまち全体の設計思想として進めることが不可欠だ。 ご意見をお寄せください 気になる横断歩道があれば、ぜひご連絡いただきたい。平沼園前交差点の例のように、市民の声が改善につながる。実際にその場を利用する人の実感こそが行政や警察を動かす力となる。安心して渡れるまちをつくるためには、一人ひとりの声が欠かせない。 関連リンク歩行者横断秒数の延長(警視庁)
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