2026年9月2日の武蔵野市議会本会議で、国旗損壊罪と表現の自由について一般質問をした。
正式には「国旗の損壊等の処罰に関する法律」という。今年8月13日に施行されたばかりの法律である。
国旗損壊罪そのものについては、以前の記事でも詳しく書いた。
私はこの法律に反対している。
国旗に敬意を持つことと、国旗を使った表現を刑罰で取り締まることは別の話だからだ。
ただ、すでに法律は施行された。
そうなると地方議員として確認しておかなければならないことがある。
武蔵野市の公共施設で、国旗を使った演劇や展示、映像作品などが発表されることになったら、市はどう対応するのか。
誰かから「国旗損壊罪ではないか」と苦情が来たとき、現場の職員や指定管理者が表現を止めることはないのか。
施設を借りる段階で、作品の内容を事前に調べたり、変更を求めたりすることはないのか。
今回の質問は、そこを確認するために行った。

国旗を大切にすることは否定していない
最初に明確にしておきたいのは、私は国旗を粗末に扱ってよいと思っているわけではないということだ。
国旗には敬意を持っているし、市役所や学校で掲揚するなら、きれいな状態で適切に扱うべきだと思っている。
実際、市役所や公共施設で掲揚されている国旗を見ると、ときどき汚れや色あせが気になることもある。
今回の質問でも、国旗を掲揚するときに汚れや劣化を確認しているのか、傷んだ国旗をどう扱っているのかを聞いた。
市からは、掲揚時に状態を確認し、必要に応じてクリーニングや新規購入で対応しているとの答弁があった。学校でも、入学式や卒業式、祝日などに掲揚する際に汚れを確認しているという。
再質問では、市内の施設で掲揚されている国旗について、もう少し気にして見てもらいたいと伝えた。
市長からは、国旗を掲揚している施設に意見を共有するとの答弁があった。
国旗を大切に扱う。
ここには何の異論もない。
問題は、それを刑罰で求めることや、国旗に対する批判的、創作的な表現まで止めることにある。
一番心配なのは現場で起きる表現の自由の自主規制
国旗損壊罪の条文には、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」という言葉が使われている。
かなり曖昧な表現である。
誰が不快に思うのか。どの程度なら「著しく」に当たるのか。明確な線を引くのは難しい。
例えば、舞台上で国旗を破る演出があったとする。
戦争や国家権力を扱った作品かもしれないし、政府への抗議を表現したものかもしれない。あるいは国旗に見える小道具を使っただけかもしれない。
それを見た人から施設へ苦情が入る。
「国旗損壊罪だ」「今すぐ公演を止めろ」と言われたとき、受付や施設管理者がどのように動くのか。
実際に大量の逮捕者が出ることより、私はこうした現場での自主規制を心配している。
法律に触れるかもしれない。
警察沙汰になるかもしれない。
面倒な抗議を受けるかもしれない。
そう思った施設管理者が、念のため作品を断ったり、内容の変更を求めたりする。
表現は、明確に禁止されなくても、この「念のため」で少しずつ狭くなっていく。
苦情だけで告発しないと市が答弁
今回の質疑では、かなり明確な答弁が返ってきた。
まず市は、職員個人の主観的な印象や、通報、苦情だけで直ちに告発へ進む運用は行わないと答えた。
これは大事なところである。
誰かが不快だと訴えたことと、犯罪が成立することは同じではない。
むしろ、批判的な表現ほど強い苦情を受けやすい。苦情の数や声の大きさで表現の可否を決めたら、少数者の表現から消えていく。
市の答弁では、まず具体的な事実関係を客観的に確認する。その上で判断が難しい場合には、顧問弁護士などへ相談するという手順が示された。
また、国旗を題材にしたことや、批判的、創作的な内容を含んでいるというだけで、犯罪の疑いを認定して告発することも適切ではないとした。
苦情や抗議があったことだけを理由に、表現活動へ介入しない。
表現の自由と公共施設の平等利用を基本原則とする。
市からそこまで踏み込んだ答弁が得られたので、この点についてはひとまず安心した。
現場職員や指定管理者に判断を背負わせない
実際に何か起きたとき、施設の現場にいる職員が国旗損壊罪に当たるかどうかを判断するのは無理がある。
法律の専門家でも判断の難しい問題を、受付担当者や施設責任者に任せるべきではない。
武蔵野市の公共施設には、指定管理者が運営している施設も多い。
指定管理者がそれぞれ独自に判断すれば、同じ市の施設でも対応がばらばらになる可能性がある。
そこで議会では、現場の職員や指定管理者が勝手に判断するのではなく、市として組織的に判断する仕組みが必要ではないかと聞いた。
市は、現場職員の役割は事実を正確に把握し、記録、報告することだと答えた。
その後、施設の所管課を通じて法務担当部署に報告し、市として組織的に判断する体制を検討するという。
指定管理者についても、自分たちで法的評価や通報の判断を行うのではなく、市の所管課へ報告する。独自の判断で利用者の表現内容に介入しないよう周知するとのことだった。
現場任せにしないという方針は、施設利用者だけでなく、そこで働く職員を守ることにもなる。
申請時に作品の内容を審査しない
もう一つ確認したのが、公共施設を借りるときの事前審査である。
演劇、展示、公演、映像上映などで国旗を扱う予定がある場合、市が台本や作品を事前に確認することはないのか。
国旗損壊罪に触れる可能性があるとして、施設の利用を断ったり、内容の変更を求めたりすることはないのか。
市の答弁は明快だった。
国旗損壊罪に該当する可能性を理由として、申請時に表現内容を事前審査し、利用を拒否したり、内容の変更を求めたりすることは難しいとのことだった。
公共施設の利用受付では、従来どおり、設備の安全や他の利用者への影響など、施設運営に必要なことを確認する。
しかし、表現の思想的な内容には立ち入らない。
これは当然のように思えるが、確認しておく意味はある。
法律ができたことをきっかけに、「念のため台本を見せてください」「国旗を扱うなら貸せません」という運用が始まれば、行政による事前審査になってしまう。
今回、武蔵野市としてそのような対応は考えていないと確認できた。
用意していた再質問が必要なくなった
正直に言うと、国旗損壊罪については、いろいろな答弁を想定して再質問を用意していた。
場合によっては、もう少し厳しく確認しなければならないとも思っていた。
しかし、実際に返ってきたのは、表現の自由にかなり配慮した答弁だった。
苦情だけで介入しない。
判断を現場職員や指定管理者に任せない。
表現内容の事前審査はしない。
構成要件に当たることが明白でなければ、告発を前提とした介入はしない。
ここまで答弁があれば、用意していた再質問の多くは必要ない。
議場でも「そんなに再質問しなくても大丈夫な感じ」と率直に述べ、自由に配慮した答弁への感謝を伝えた。
国旗を尊重することと表現の自由は両立する
国旗を大切に扱うことと、国旗を題材にした批判的、創作的な表現を尊重することは両立する。
国旗に敬意を抱く自由がある。
同時に、国家や国旗について疑問を持ち、批判し、作品として表現する自由もある。
表現の自由は、多くの人が好ましいと思う表現だけを守るものではない。
国旗損壊罪には今も反対である。
ただし、法律が存在する以上、自治体の現場で必要以上に広く解釈されないようにしなければならない。
今回の答弁で、少なくとも武蔵野市が表現活動を安易に規制する考えではないことは確認できた。
今後は、この答弁を市役所内にとどめず、学校や公共施設、指定管理者にも共有し、現場の運用に確実に反映させることを求めていく。