昨日、たまたま知り合いから、慢性腎臓病、いわゆるCKDについて話を聞く機会があった。
その際に紹介されたのが、一般社団法人日本パブリックアフェアーズ協会が公表した「『沈黙の国民病』CKD(慢性腎臓病)の潜在的リスクを可視化し、都内の『対策格差』を解消する緊急提言」である。
慢性腎臓病と聞いても、すぐには自分に関係のある病気だと思わない人が多いかもしれない。私も、腎臓病といえば、健康診断で尿蛋白を指摘された人や、すでに腎機能が低下している人の問題という印象を持っていた。
しかし、この提言を読むと、そう単純な話ではないことが分かる。
慢性腎臓病は、成人の5人に1人、全国で約2,000万人が該当すると推計されている。かなり身近な病気である。しかも、初期にはほとんど自覚症状がなく、本人が気付かないまま腎機能が低下し、症状が表れたときにはかなり進行していることもある。
そのため、慢性腎臓病は「沈黙の病気」と呼ばれている。

腎臓は悪くなっても気付きにくい
腎臓には、血液をろ過して老廃物や余分な水分、塩分を尿として排出する役割がある。血圧の調整や、赤血球をつくるためのホルモンの分泌などにも関わっている。
しかし、糖尿病や高血圧などによって腎臓に負担がかかり続けると、血液をろ過する部分が少しずつ傷んでいく。腎臓の機能が低下しても、早い段階では痛みが出るわけではなく、日常生活に支障が出るような症状もほとんどない。
むくみやだるさ、貧血、食欲不振などが表れる頃には、病気が相当進行している場合もある。さらに、一度失われた腎機能を元に戻すことは難しい。
だからこそ、症状が出てから治療を始めるのではなく、まだ本人が何も感じていない段階で異常を見つけることが重要になる。
透析は命を守る大切な医療である
慢性腎臓病が進行し、腎臓が十分に働かなくなると、人工的に血液を浄化する透析などの腎代替療法が必要になる。
透析は、腎臓の機能が低下した人の命を守るために不可欠な医療である。透析医療そのものを否定する話ではない。必要になった人が安心して治療を受けられる体制は、当然維持しなければならない。
その上で考えたいのは、早い段階で異常を発見できれば、透析に至る時期を遅らせたり、透析そのものを回避できたりする可能性があるということだ。
血液透析を始めると、多くの場合、週3回、1回4時間から5時間ほど医療機関に通うことになる。仕事を続けることが難しくなる人もいれば、食事や水分の管理が必要となり、旅行や外出がこれまでのようにはできなくなる人もいる。高齢者であれば、通院のために家族の付き添いが必要になることもある。
透析は命を守るために必要な医療である。一方で、透析の開始によって、その人の生活が大きく変わることも事実である。だからこそ、早期に腎臓の異常を発見し、透析に至ることを防ぐ、あるいは導入を少しでも遅らせることに大きな意味がある。
これは単に医療費を減らすという話ではない。その人が仕事を続け、家族と出かけ、これまでの生活をできるだけ長く続けるための取り組みである。
現在の健康診断では見逃される可能性がある
多くの健康診断では、尿蛋白を調べる検査が行われている。試験紙を尿につけ、「マイナス」「プラスマイナス」「プラス」などで判定する一般的な検査である。
もちろん、この検査にも意味がある。しかし、通常の尿蛋白検査では、腎臓の障害がまだ小さい段階で尿中に漏れ始める「微量アルブミン」を十分に捉えられないことがあるという。
健康診断では尿蛋白がマイナスで、本人も異常なしだと思っていた。ところが、より感度の高い検査をすると、腎臓が傷み始めている兆候が見つかる。こうした人が一定数いる可能性がある。
そこで注目されているのが、尿中のアルブミンとクレアチニンの比率を調べる「アルブミン尿検査」である。通常の尿蛋白検査よりも早い段階で、腎障害の兆候を捉えることができる。
アルブミン尿は、腎臓だけの問題を示すものでもない。全身の血管が傷み始めている兆候でもあり、脳卒中や心筋梗塞、心不全などのリスクとも関係しているという。
つまり、アルブミン尿検査によって早期の異常を見つけることは、将来の透析を防ぐだけでなく、ほかの重大な病気を防ぐことにもつながる可能性がある。
発見しても何もできない病気ではなくなった
以前は、慢性腎臓病を早く見つけても、有効な治療の選択肢が限られているという考え方があったようだ。しかし、現在は状況が変わっている。
慢性腎臓病の進行を抑える効果が確認された薬が登場し、早い段階で適切な治療や生活改善を始める意味が大きくなっている。
血圧や血糖値を管理する。塩分を取り過ぎないようにする。喫煙や肥満などのリスクを見直す。必要に応じて、かかりつけ医から腎臓専門医につなぐ。
こうした対応を早く始めることで、腎機能が低下する速度を遅らせられる可能性がある。
ただし、早期発見が重要だといっても、検査を受けた人を不安にさせるだけでは意味がない。検査によってリスクのある人を見つけ、その後の受診や治療、生活改善につなげるところまでを一つの仕組みにする必要がある。
都内で実施しているのは4自治体
今回の提言によると、東京都内で独自にアルブミン尿検査を導入しているのは、港区、豊島区、日野市、八王子市の4自治体にとどまっている。
東京都には62の区市町村がある。住んでいる自治体によって、早期の腎障害を発見できる機会に違いが生じていることになる。
特に参考になるのが、八王子市の取り組みである。
八王子市では、年度末年齢が40歳以上65歳未満で、糖尿病の薬を服用しておらず、HbA1cが6.0%から6.4%、尿蛋白がマイナスからプラスの人などを対象として、アルブミン尿検査を実施している。
すでに糖尿病と診断された人だけではなく、糖尿病になる一歩手前の人も対象にしている。ここが重要である。
国の糖尿病性腎症重症化予防事業は、基本的には糖尿病と診断された人や、すでに一定のリスクが確認された人を中心としている。しかし、その基準に達する前から腎臓への負担が始まっている人もいる。
八王子市は、国の制度では拾いきれない人を、自治体独自の検査によって早めに見つけようとしている。
さらに、検査をするだけではない。検査結果に応じて腎臓専門医へつなぐ「八王子じんまもパス」という病診連携の仕組みも運用している。
どのような結果なら専門医へ紹介するのか、どの医療機関で診てもらえるのか、その後、かかりつけ医と専門医がどのように連携するのか。こうした受診後の流れまで整えている。
検査を追加するだけなら、それほど難しい話には見えない。しかし、異常が見つかった後の受け皿がなければ、検査の効果は十分に発揮されない。八王子市の取り組みは、検査と医療連携を一体として考えている点に意味がある。
武蔵野市でもできないだろうか
それでは、武蔵野市ではどうか。
武蔵野市でも、健康診査や糖尿病性腎症の重症化予防など、現在行っている取り組みはある。しかし、今回示されたようなアルブミン尿検査を、一定の条件に該当する人へ追加する仕組みは導入されていない。
港区、豊島区、日野市、八王子市でできているのであれば、武蔵野市でも検討できるはずである。
もちろん、対象となる人全員に一律で検査を追加すればよいと、単純に決められる話ではない。
誰を対象にするのか。糖尿病予備群だけでよいのか。高血圧や肥満、脂質異常症のある人も含めるのか。尿蛋白が「プラスマイナス」と判定された人をどう扱うのか。検査後にどの医療機関へつなぐのか。
武蔵野市医師会や市内の医療機関、腎臓専門医との調整も必要になる。
また、実施するのであれば、単に検査件数を増やすだけでなく、陽性となった人が実際に医療機関を受診したか、その後も治療や生活改善を続けられているかを確認する仕組みも必要である。
先行自治体の事例を調べ、武蔵野市の人口規模や医療資源に合った形を考える必要がある。
1回約1,500円の検査と年間約500万円の透析医療
提言では、自治体がアルブミン尿検査を健診に追加した場合の費用を、1回当たり約1,500円としている。一方、透析に必要となる医療費は、1人当たり年間約500万円以上とされる。
もちろん、1,500円の検査を行えば、直ちに500万円の医療費がなくなるという単純な計算ではない。アルブミン尿が見つかった人の全員が将来透析になるわけでもなく、早期発見をしても、病気の進行を完全に止められない場合もある。
それでも、検査によってリスクの高い人を早く見つけ、治療につなぐことで、数人でも透析への移行を防いだり、開始を10年、15年と遅らせたりすることができれば、検査にかかる費用を上回る効果が期待できる。
ただ、私は医療費削減だけを、この取り組みの中心に置くべきではないと思っている。
最も大きいのは、透析に至らずに済んだ人が、これまでの生活を続けられることである。仕事を辞めずに済むかもしれない。家族に通院の付き添いを頼まずに済むかもしれない。食事や水分、外出の制約を受けずに済む期間を長くできるかもしれない。
まずは人の生活を守る。その結果として医療費や社会的な負担も軽減される。この順番で考えるべきだと思う。
武蔵野市が5番目を目指してもよい
東京都内で実施している自治体が、まだ4自治体しかないのであれば、武蔵野市が5番目を目指してもよい。
新しい事業を始める場合、行政はどうしても慎重になる。
科学的な根拠は十分か。対象者の基準をどうするのか。医師会との合意形成はできるのか。検査後の医療体制を確保できるのか。恒常的な財源をどうするのか。
どれも無視することはできない。一方で、すでに先行している自治体がある。
八王子市や日野市などが、どのような対象者に検査を行い、どの程度の人から異常が見つかり、その後どのように医療機関へつないでいるのか。導入に当たって医師会とどのような調整をしたのか。事業費はいくらで、どの財源を使っているのか。実施後にどのような課題が生じたのか。
まずは、こうした先行事例を詳しく調べることから始められる。
武蔵野市で直ちに全員を対象とすることが難しければ、糖尿病予備群や高血圧など、リスクの高い人に対象を絞って試行する方法もある。一定期間実施し、検査結果や受診率、その後の治療状況を検証しながら、対象の見直しを行うことも考えられる。
最初から完璧な制度をつくろうとして動けなくなるよりも、先行自治体から学び、小さく始めて検証する方が現実的である。
検査から治療までつながる仕組みを
慢性腎臓病は、自覚症状が出るまで待ってはいけない病気である。自覚症状がないからこそ、健康診断の役割が大きい。
そして、早く見つけても何もできない病気ではなくなっている。適切な治療や生活改善によって、腎機能の低下を遅らせられる可能性がある。
それならば、現在の健康診断で見逃される可能性のある人を、もう一段感度の高い検査によって見つけることには意味がある。
大切なのは、検査項目を一つ増やしたという実績をつくることではない。検査でリスクのある人を見つけ、かかりつけ医につなぎ、必要に応じて腎臓専門医に診てもらう。その後も治療や生活改善を続けられているか、状態がどう変化したかを確認する。そこまで含めて一つの政策として考える必要がある。
武蔵野市でもアルブミン尿検査を導入できないか。導入する場合、どのような人を対象とするのか。検査後の医療連携をどのように組み立てるのか。東京都からの財政支援を求める必要はないか。
透析が必要になった人を支えることはもちろん重要である。同時に、一人でも多くの人が透析に至らず、これまでの生活を続けられるようにする。
そのために自治体ができることは、まだあるはずである。